夜遅くまで続く会議の中で
「次のミーティングはキャンプに行ってやろう。大事なものが何かを確認するためにも、3人の結束を固めるためにもね」。
物語は、だいたい突然に始まるものだ。突拍子もなしに言うのは、だいたい篠田さんだ。それを「え~!」とか「寒いよ」とか、取り敢えずいろいろ難癖を付けるのが田中さん。そう言いつつ、結局行くことになるのを、田中さん自身も分かっている。それを、どちらかという客観的に見ている私(山本)がいる。
「ランドローバースタイルチャンネル」の前身である「レンジローバースタイルチャンネル」。レンジローバーのことを伝えるWEBサイトからスタートし、のちに雑誌化した。
この「レンジローバースタイルチャンネル」ブックを手がけたのが、篠田さん、田中さん、そして私の3人である。レンジニアスの工場が閉まったあと、夜な夜な遅くまで会議。日付が変わったことも何度かある。みんなそれぞれにレンジローバーに対する思いがある。だからこそ、会議はいつも深くて長い。時には無言が続き、時には脱線しつつも「そこに横たわる不動の答えがあるかも?」と、ブレストは続く。そういう時の息抜きではないが、冒頭の言葉が篠田さんから突然、飛び出すのである。
しかし、これは「何も遊びに行こうぜ!」ではないのは、ほかの2人とも重々承知している。私にしてみれば、去年夏のカヌーイベントに行けなかったので、この2人とキャンプに行くのは初めてである。であれば、2人に任せてみようと思う。2人が思い描くキャンプというものを見てみたいと思ったからだった。
真冬の海沿いキャンプが意図するもの
時は2月7日。きっと「寒い中でキャンプやってるなぁ」と思うことだろう。
場所は九十九里のキャンプ場。2月7日の九十九里の気温は1度から7度。昼はざらついた海風に煽られ、夜は当然のごとく地面は凍てつき、吐く息は白く鼻は赤くなり、手はかじかみ、身をかばうような真冬である。
キャンプをするならどこでも良かったのだが、田中さんがセレクトしたのが、この外房の海が見えるキャンプ場。皆さん多分「えっ、冬に海沿いでキャンプ!?」と言うことだろう。私も、同じ気持ちだ。しかし、田中さんがここを選んだのは訳がある。先に言ってしまおう。「海とレンジローバー」が撮りたかったのだ。
昔見た、海辺の景色をずっと覚えている。何年前か、それとも何十年前かは分からないが、記憶にある、昔見た海の景色に大好きな愛車を置いてみたい。昔の記憶と、今、目の前に起きていることが交錯する。人生の足跡が、記憶ではなく現実になる。人生の中で、これほど素晴らしいことはないだろう。だから、その空間に愛車レンジローバーを置きたいのだ。
そして、昔の記憶の中にある素晴らしいものを、もう一度見たいものがある。それが「星空」。都会では決して見えない星たちの輝きを、田中さんは我々に見せたいのだ。昔、見た満天の星を、レンジローバーで繋がった我々に見せたい。それが何よりの3人の結束だと感じたからだ。
キャンプミーティング中止か??
外房のキャンプ場には目星を付けておいた。しかし、実際に行ってみると、篠田さんはイメージが違うと言う。それは決して汚いキャンプ場を意味するのではない。キャンプ場が綺麗過ぎたのだ。区画もきっちりされていて、いかにもオートキャンプ場である。別に不便を楽しもうとかそういうわけではないが、これならレンジローバーで来る意味がない。国産のミニバンでもOKだろう。
すでに昼過ぎにもかかわらず、ここをキャンセル。キャンプ中止も覚悟しながら、2台のレンジローバーは更に海沿いを走り、今回のキャンプミーティングにふさわしい場所を探す。そして閑散とした冬季閉鎖をしている2件目に到着。海風に錆びついた看板にある管理事務所の番号に電話し、なんとか管理人と会うことができ、直談判してみた。
冬季は誰も来ないので閉鎖しているとのことで、どうしてもというなら特別に開けてくれた。誰もいない広大なキャンプ地。ここにレンジローバーが2台並ぶ。篠田さんが「ここにレンジローバーがたくさん集まるようにしたいね!」。そういう言葉が口から無意識に出る。多分、一番最初に声に出したのは篠田さんだったが、ほかの2人も同じ気持ちだった。
広大なキャンプ場というのは、逆に悩むものだ。どこにでもテントを建てていいので悩む。撮影のことを考えて…とは思うが、こうも広いとどうにでも撮れるので、それも重要ではない。それでも、テントの周りにクルマを置くことは考えた。日も暮れ、だんだん寒くなってきた。夜風に備え、入念にペグを打つ音が寒空にこだました。
吹き荒れていた風がピタリと止んだ
さぁ、もう暗くなってきたし腹も減った。早く夕食の準備をしよう。キャンプというのは、つくづく性格が出る。料理を作り始める人、まだレイアウトにこだわる人、そして、それを微笑みながら見ている人(どれが誰だか分かるかな)。寒いが、何気に楽しい。
まるで職人のような顔をして、お気に入りの切炭を積み上げ、そっと着火する田中さん。真鍮製の灯油ランタンを加圧し丁寧にプレヒートする篠田さん。手間を楽しんでいるようにも見えるし、大切な夜のためとか、何か明確な目的のために、もっとも合理的な方法で準備をしているようにも思えてくる。
辺りが暗くなる頃には、サムゲタンはグツグツ煮立ち、道中で買ってきた魚介類は炭火で食べ頃。わざわざ持ってきたフランスのあら塩やトリフオイルで味付け。まるで最近流行りのグランピング料理を手際よく仕上げていく。
ホットバーボンで温まり、いつものシングルモルツをたしなむ。そして、レンジローバーのこと、以前行ったキャンプのこと、今後スタイルチャンネルで何をしたいか、伝えたいものは何か、分け合いたいものは何か、ここ何年もくすぶり続けているものの正体は何か、今もなお無垢な思いを寄せるものは何かなど、思い立ったようにいろいろな話が出る。この会話、ビデオに撮ってYou Tubeにアップすれば良かったと思うほど面白い。そして、後で見たら恥ずかしいほど素直な僕らがそこにいた。
詩人のように言葉が溢れ、およそ3人が同時に無言になる瞬間が出始める頃、今まで外を吹き荒れていた海風が止んだことに気付く。テントの中から出てみると、満天の星空が広がっていた。
これが見たかったのだ。でも、田中さん曰く、これでもまだ少ないそうだ。もっともっと空一面に星が輝くとのこと。3人がしばし空を見上げる。思い出の時間へタイムスリップしているのかもしれない。そしてこの景色を、次はほかの誰かに見せたい。家族でもいい、友人でもいい、それこそレンジローバーのオーナーでもいい。この感動を共有したいのだ。
それからも、いろいろな話をした。そしてランタンの灯を落とし、もう二度と来ることがない2016年2月7日が終了した。
10年経たないとその価値は分からない
翌朝6時。日の出とともに海でレンジローバーを撮ろうと起床。ただ、思った以上に天気は良くない。どちらかと言えば曇りに近しい。それでも、レンジローバーを海に走らせる。このキャンプ場から直接クルマで海に行くことはできず、別の場所から入れるという。ただ、それも昔の記憶を頼りにしての行動。かなり場所も変わっていた。
同じ道を戻ったりと右往左往しながら、やっと海に入れる場所が見つかった。波打ち際にレンジローバーを置く。水平線あたりの曇り空から、うっすらと朝陽が見える。逆光だったが、それがまた海を、そしてレンジローバーを輝かせる。どこに置いても、どのように撮っても画になる。これが自分の愛車だからこそ、なお嬉しい。一台だけで撮っても、二台並べても、まるで広告のような写真となる。こういう時、「格好良い」という言葉しか出ない。もし、ここでいろいろな形容詞で説明できるのであれば、それは言葉遊びだ。もっと言えば、言葉はいらない。この景色をずっと見ているだけでいい。
この海辺でしばし写真を撮っていると、レンジローバーというクルマが持つ『高級』とは一体何なのかが見えてくる。都会のお洒落な街並みの中で見るレンジローバーは、確かに高級感があるが、このような自然の中でこそ特別な存在であることが、真の高級SUVではないだろうか。
満艦飾の派手なことが高級ではない。どちらかといえば、2ndや3rdレンジローバーは、旧車の部類に入るクルマだ。しかし、決して古さを感じない。時を過ごしてきたからこそ、醸し出すことができる風格と言おうか、空気感が違うのである。
「クルマにしても、時計にしても、何にしても、10年経たないと、その価値は分からないよな」。
最新のレンジローバーでは、残念ながら、まだこの空気感を出せないだろう。ただ、現行の4代目レンジローバーも次の5代目にバトンタッチし10年も経てば、このセカンドやサードレンジローバーとは違う雰囲気を醸すに違いない。
人生の中での出会い
陽も登った。ここからは明るくなるだけだ。腹も減ったしキャンプ地に戻ろう。
キャンプに来ると、いつも思うことがある。人生の中で一番価値のあることは何だろうか、と。それは時間の使い方だと思う。そして、その時間をどのように過ごすかである。キャンプ道具にこだわるのでもいい。食材でもいい。一人で来るのか、家族と来るのか、友人となのか。
人にとっての最大のサプライズは出会いだろう。運命は必然である。我々3人のそばに、レンジローバーという共通項がある。お互い、それぞれの感性で選んだクルマである。それだけでも素晴らしいことではないだろうか。
世の中には数多くのクルマが存在する。自動車生産国の日本では、当然、日本車が多い。その中で、我々はレンジローバーを選び、そして出会った。人生の中で出会いというのは、実はそれほど多くはない。満員電車でも街中でも、人は多いかもしれないが、それは出会いでない。この出会いを生み出してくれたのが、レンジローバーである。新しいから生み出してくれたものではない。レンジローバーも時間を重ねることに、本来持つ輝きを徐々に放ち始め、その光が我々の心に届いたわけだ。
キャンプで我々はそれを確信した。3人のキャンプは、これでもう大成功と言える。3人が同じベクトルを向いたからだ。風も止み、春らしい天気となった。それが写真からでも伝わってくるだろう。
3人だけの初めてのキャンプ。このスタイルチャンネルに、同じ想いを持ったたくさんの人と出会いたい。それが我々3人の想いだ。昔見たあの満天の星空を、今一度、みなさんに見てもらいたいのと同じ気持ちである。