人とではなく
ものと向き合う職人が好きなのです
馴染んだ頃には、ブランド志向、高級志向が消えていた。
彼がレンジローバーに乗り始めたのは、36歳の時。選んだ理由は、今の彼からは到底想像できない理由だった。
「ちょうど監査法人を辞めて、IT業界で独立した頃だったかな。今より、ずっと格好付けて気取っててね。それまでメルセデスのSLに乗ってて、家族ができたから、次はゲレンデかレンジローバーかという高級車志向というか、見栄でクルマを選んだ。
でも、3年ぐらいしてレンジが体に馴染んできた頃、不思議と良い格好をしたいとか俗っぽい気持ちが、だんだんなくなってきたんだよね。ものの良さを見る軸が、自分なりにでき上がってきたんだろうね。今ではレンジローバーも含めて、ブランドがどうとか、値段がどうとか、まったく気にしなくなったよ」。
便利なものよりも、心地良いものを結局は使い続けていく。
便利なものは格好良い。でも便利なものが、心地良いとは限らない。そう、便利なものはどこか気持ち良くなかったりする。素敵な大人になりたいなら、知っておきたいモノ選びのポイントかもしれない。
「40歳を過ぎた頃、革製品とか万年筆とか、手入れが必要なものを選ぶようになってたかな。手がかからないものとか便利なものは、信用できない。命というか、息吹のようなものを感じることができないんだ。
中学校で使い始めたシャープペンシルから、今は鉛筆に戻っていくし、それも一番書き心地の良い三菱を選んだり。紙はペン先を通じて触れるものだから、結局PHODIA。もちろん、クルマはレンジローバーだな。そして、すべてに良い加齢臭が出てくるんだよ」。
人じゃなくて、ものと向き合う職人が好きなのです。
ものに溢れた現代社会。便利なもの、格好良いもの、ファッションや技術革新など、人類の消費サイクルはどんどん加速している。でも、やっぱり本質は消えない。アイデンティティは、決して消えることはないのだ。
「結局、僕は職人と会うのが好きなんですよ。自分の万年筆を、自由が丘のモンブランのマイスターの店に行って、自分の書き癖に合わせて研いでもらったり。
そして、実際に会うのもそうだし、ものを通じて出会った気になる。2台目のレンジローバーは中古で買ったんだけど、仕上がるまでの整備の過程を見に行ったり。
職人は、人に向き合ってるのではなく、ものと向き合っているんだよね。これは人から聞いた話だけど、ある天ぷら屋の主人は『美味しいですね』って言ったら、無愛想に目も合わせないで『そのように作っておりますので』って言うらしい。ぜひ、そう言ってみたいね」。